2011年11月25日金曜日

フリーマントルで南極観測船「しらせ」に遭遇

ここのところ特に大きなイベントもなく、平日は朝から夕方まで大学のデスクに向かっている日々が続き、なんとなく日常が単調になってきたので25日の金曜日はお休みすることにして出かけることにしました。行き先は、例のごとく、フリーマントルです。平日午前中からなので、これまで行ってないフェリー乗り場など岸壁の方へ向かうことに。駅の裏側にも何やらマーケットがあるとの情報を仕入れたので、それの確認も兼ねての散策です。

フリーマントルの駅を出て、いつも向かう街中ではなく、線路を渡り駅の裏側にあたる岸壁方面へ向かいます。フェリー乗り場の看板とマーケットの建物が見え、すぐに岸壁です。対岸には外洋航路のコンテナ船が横付けされて、ガントリークレーンで荷降ろし中です。こちら側には何やら帆船が繋留されていて、記念写真を撮っている人も多く、「いーね~」とカメラを向けると、帆船の奥に「日の丸」の旗が付いた船が目に入りました。突き当たりのフェンスまで行って、船名を見ると、おおーっ、南極観測船「しらせ」じゃないですか!(実際、「オォーツ」と言いました(笑))




普通なら、このアングルで撮ってお終い。奥の船に我ながら良く気がついたね。




思わず、フェンスにかぶり付きで写真を撮ってしまいました。確かに南極へ向かう航路で、西オーストラリアへ寄港するとは聞いてましたが、もっと南の港かと思っていたので意外でした。何やらクレーンで荷物の積み込みをしているような気配でした。












帰り際に改めて近くまで寄ってみましたが、写真からもお分かりのように、かなりゴツイ船です。

帰ってから調べると、どうやらフリーマントルには本日25日9:36に入港したところ、という何ともナイスタイミング。日本から2週間弱かけてフリーマントルに到着したようです。

「進め!しらせ」のWebページ




これからさらに南進して、南極大陸へ向かうのでしょう。「しらせ」の航海の無事を祈りましょう。

2011年10月30日日曜日

CHOGM2011

この週末、パースではCHOGM2011と呼ばれる英国連邦首脳会談会談が開催されています。日本人には馴染みの薄いCHOGMですが、いわゆる大英帝国が植民地を多数要した全盛期の名残りを留める会議体で、イギリスを含め54カ国が加盟する大規模なものです。EUのような経済共同体のための条約があるわけでもなく、かといってアメリカ連邦のような一定の中枢機関をもたない、他に例をみない国家連合なのです。

このCHOGM2011の開催式に参加されるために、イギリスのエリザベス女王とフィリップ殿下がオーストラリア入りされ、26日にパースにご到着されました。英国国王、エリザベス女王は、今でもカナダやオーストラリア、ニュージーランドなど16カ国の国家元首なのです。この度のオーストラリア訪問は16度目となり、85歳になられていることを考えると恐らく最後のオーストラリアご訪問ではないかとも言われています。オーストラリア到着後も、連日の式典や訪問など各地で公務を行われている様子がテレビニュースでも報じられていました。いや、お元気です。

そんなエリザベス女王が、帰国される28日の午前中、パース市内の公園で開催される Big Aussie BBQ にご参加されるということで、朝から行ってきました。会場となる公園では朝9時からボランティアの人たちががソーセージを焼き焼きして、チャリティーバーベーキューとして販売しています。女王陛下の市内パレードは11時と予定されていましたので、10時過ぎに公園に到着後して、腹ごしらえと場所取りです。メイン会場は相当な混雑が予想されるので、大型スクリーンにライブ中継されるサブ会場での待機です。





予定通り、総督邸を出発した車列が目抜き通りを抜け、公園横の通りへと進んで来ました。もちろん付近一帯は、警察による道路封鎖が実施され、完全に専用道路と化した車道を進んできます。非常にゆっくりとしたスピードで、沿道の市民に手を振られての通過です。公園をぐるりと回るコースを取るため、女王の車がが通過するとすぐさま公園の反対側の沿道めがけて人々が走り出す様子が面白かったです。反対側でもう一度見ようというわけです。





26日のパース入りした際に拝見したところ、英国王室御用達のレンジローバーの左後部座席に女王がお座りということをチェックしていたので、もちろんそちら側に陣取って声援を送りつつ、記念にお写真を撮らせて頂きました。





メイン会場に到着後されたエリザベス女王とフィリップ殿下は、西オーストラリア州知事の歓迎を受け、その後、今回のオーストラリア訪問に対する感謝のスピーチされました。サブ会場は割と広々とししてゆったりと式典の模様を大型スクリーンで見れましたが、メイン会場は相当な混雑だったようです。





バーベーキュー会場へ足を運んだ人たちの様子を見る限り、オーストラリアにおいてもエリザベス女王の人気は高いように思われました。もちろん、野次馬的な関心から参加している人たちもいるとは思われますが、国家斉唱のシーンになると皆一斉に立ち上がり合唱するあたりに市民の愛国心の深さを垣間見ることができました。これが皆自然と行動に出るところがなんとも言えません。

残念ながら女王陛下とフィリップ殿下は、会場に20分程度滞在後、そのまま帰国の途に付かれるため、再度市民総出で沿道からお見送りすることとなりました。

幸いにしてCHOGM2011の期間中は好天に恵まれ、BBQイベントも非常に快適に過ごすことができました。その一方で会談会場となったコンベンションセンターや周辺のホテル近辺は、安全確保のため完全に通行止め状態となりバスの運行ルートが変更されるなど、それなりに市民生活への影響があったのも事実です。また、会談中には市内で各種デモや抗議行動などもあり、多数の国家、民族を有する英国連邦も多数の問題を抱えているのが実態です。





なお、今回の英国連邦首脳会談会談に先立ち、イギリスでは王室の王位継承権の見直しが検討され、首脳会談で議論されたようです。これまでの男子優先の継承権から、男女平等の継承権への変更で、これについてはエリザベス女王も賛成のご意向のようです。現状ではチャールズ皇太子、その長男のウィリアム王子と継承順位が決まっていますが、その次の継承順位にあたるウィリアム王子の最初の子供が男の子であれ女の子であれ、性別を問わず王位継承者になるというものです。男女平等の社会変化に合わせて英国王室も変わっていくようです。もし女の子が誕生した場合は、再度女王の誕生という可能性も出てくるわけです。

いや、それにしても日差しが強い。暦の上ではまだ春なんですが、日差しは痛いくらい。先が思いやられます。

2011年10月9日日曜日

Mr. Stingray!

本日の日曜日は、この季節限定の見所であるホエールウォッチングクルーズに行ってきた。クルーズ船でパースの沖合のロットネス島の近くまで行って、クジラを見るという2時間ほどのツアーである。毎年、9月から11月しか運行していないので、これはこの季節に是非行かねばとネットから予約し、送迎バスでのピックアップポイントの予約電話に一苦労しながら何とか無事参加できました。




ツアーにはハーバー近くにある水族館の入場チケット代金も含まれていたので、クルーズ終了後、そちらにも足を伸ばしてきました。西オーストラリア州最大の水族館という割には、日曜日なのにあまりお客もおらずゆっくり見物できました。見所は、回遊水槽の下を動く歩道に乗って魚を間近に眺めれるというところで、サメやウミガメ、エイなどなど、手の届きそうな姿を眺めることができました。




そこで、おじいちゃんに連れられて来ていた子供が、「Mr. Stingray! Mr. Turtle!」と目に入るものを無邪気に次々叫んで声をあげてます。何気なく聞いていたのですが、「Mr. xxx」と呼ぶんですよ。これって日本の子供が、「エイさん、カメさん、象さん、ライオンさん」と何にでも「さん」を付ける子供言葉と一緒なんですよ。英語圏の子供は、何にでも「Mr. 」を付けて呼ぶんですね。水族館に来て、意外な共通点を見つけました。

2011年10月6日木曜日

STEVE JOBS 1955-2011



いつもはバスで研究所の最寄りバス停で降りるのだが、今日は売店で買い物と郵便を出そうと大学のメインキャンパスへ寄ってから向かうことにした。用事をすませてキャンパス内の無料循環バスを待っている11時前に「ジョブスが亡くなった」というツィートを皮肉も彼が生み出したiPhoneで知ることになった。20数年前、AppleIIGSのデザインに憧れ、その後、Macの確信的なインタフェースに魅了されて、それがきっかけとなり情報系の大学に進学して今に至っている身からすると、なんとも言えない深い悲しみが溢れてきた。澄み渡る青空と降り注ぐ日差しの強さがコントラストとなり歯がいく感じた。今朝、積ん読にしていたブログのRSSフィードから、1985年のPlayboy誌に掲載された29歳のジョブスのインタビュー記事を読んだばかりだったというのも偶然とは思えなかった。

恐らくジョブスの訃報を受けて元記事が急遽見れなくなっているのが残念だが、インタビュー記事の一節を引用させてもらおう。元記事は「田園Mac」さんのブログから。

Playboy(以下 P):1984年が終わり、私たちはまだ生きている。コンピュータが世界を支配することもなかった。そう信じたくない人もいるみたいだけど。世にコンピュータを激増させたことで非難、あるいは賞賛される誰か特定の個人がいるなら、その筆頭候補は29歳のコンピュータ革命の父である君じゃないかな。それに、君は想像もできないくらいの金持ちになった。一時、株価が5億ドルに迫っただろう?


Jobs(以下 J):実は、それから1年で2億5千万ドルにまで下がったんだよ(笑)。


P:え、笑っていいの?


J:そんなことで人生を台無しにしたくないからね。だって可笑しいだろう? こうした金の話になると世間がすごく注目する。それってむしろユーモラスな感じがするよ。過去10年間に起こったことの中で最も洞察的で重要な出来事であるわけでもないしね。でも、大学のキャンパスでスピーチするときにわかるのは、多くの学生は僕が金を持っているという事実に畏怖を感じている。自分が年寄りになってしまった気にもなるよ。


僕が学校に通っていたのは「シックスティーズ」の直後で、実践的意志の時代が来る前のこと。今や理想主義の言葉で思考する学生はいないと言っていいだろう。哲学的な問題に取り組むよりも遥かに多くの時間をビジネスコースの勉強に費やしている。でも、シックスティーズの理想主義の気配はまだ僕達の背後に漂っていて、僕が知っている僕と同世代の人々には、永遠にそれが染み付いているんだ。

2011年9月26日月曜日

日本の運転免許証からWA運転免許証への切り替え

日本からパースへ来てからはや3週間が経過しました。度々、IDの提示を求められる場面がありますが、そのためにパスポートを携帯するのは面倒なので、現地のIDカードが早く欲しいと思い、WAの自動車免許証を申請してきました。有効な日本の運転免許証を持っていれば、必要な書類を添えてWAの運転免許センターへ提出すると、筆記試験や実技試験なしで(免除されて)現地の運転免許証が発行されます。

詳しくは、以下のサイトを参考にされてください。

申請に必要な書類は、
  • 日本の運転免許証
  • 日本の運転免許の英訳証明(日本領事館で作成してもらえます)
に加えて、いくつか身分証明用の書類が必要になります。

これらの書類を添えて、運転免許センターの窓口で申請用紙を記入し、視力検査を行い、申請料金を払って写真撮影をすると、約1週間で届出住所へWAの免許証が郵送されてくるという具合です。

さて、今回問題になったのが運転免許証以外に提示しなければいけない各種証明書類が2011年9月5日より、必要書類の種類が増え、厳格化されたことです。詳しくはパース日本領事館のページを参照されてください。
証明書類がカテゴリAからDの4パターンに分けられ、さらに提示パターンが
  • 選択肢1 カテゴリA(1種類)+カテゴリB(1種類)+カテゴリC(2種類)+カテゴリD(1種類)
  • 選択肢2 カテゴリA(1種類)+カテゴリC(2種類)+カテゴリD(2種類)
のいずれかの提示パターンで書類を提示する必要があります。

まず、カテゴリAの「身分を確認するための書類」ですが、オーストラリアに国籍を持たない一時滞在の日本人では

  • 滞在資格が確認できる書類(移民局発行の書類)
  • 移民局発行のオーストラリアの査証等(電子査証は認められない)
のいずれかが必要になるようです。私はSubclass 419の学術滞在ビザを持っていたのですが、パスポート番号とリンクされたビザ番号のみを通知されて書類として査証を証明するものが何もなかったため、事前にオーストラリアの移民局に行ってビザシールを即日発行してもらうことで「移民局発行のオーストラリアの査証等(電子査証は認められない)」をクリアしました(移民局は日本領事館の近くにあるので運転免許証の翻訳を申請あるいは受け取りに行く際に一緒に寄ると効率的です)。

また、カテゴリBの「身分証明書とその日と関連付ける書類」については、日本のパスポートで対応しました。

カテゴリCの「社会一般で使用されている身分を証明する書類」でてこずりました。「現在使用されているオーストラリアのEFTPOS(エフトポス)カードあるいはクレジットカード」と、「現在有効な写真付き学生証明書」の代わりに「大学が発行してくれた写真付きの職員証」の組み合わせで大丈夫だろうと思ったのですが、窓口の係官はそれでは駄目(NG)とのこと。


一時滞在なのでオーストラリアが発行する公的書類が他にないため困ったなと思ったら係官が「西オーストラリア州年齢証明書(Proof of Age)」を申請しなさいとアドバイスを頂きました。こちらも運転免許センターで申請用紙に必要事項を記入して、申請代金を支払って写真撮影すると約1週間で郵送されてきます。今回の免許の申請では、クレジットカードと年齢証明書の2種類でカテゴリCをなんとか満たすことができました。(もしかするとクレジットカードを複数枚持っていれば、それでも大丈夫なのかもしれません)


最後のカテゴリDの「現住所を確認できる書類」では、オーストラリアの銀行の残高証明や、公共料金の請求書などで大丈夫なのですが、まだ滞在が2,3週間でそれらの書類が用意できなかったため、「現住所の賃貸契約書」のコピーを持参して対応しました。


以上、提示パターンの選択肢1の必要書類をすべて揃えることができ、窓口で無事申請できました。なお、免許証は1年間有効なものと5年間有効なもののどちらかが選べました(5年だと申請料金が高くなります)。

移民局でのビザシールの発行(即日)、年齢証明書の発行(申請後7日から10日)など、必要書類が揃えば運転免許センターの窓口での申請はスムーズに終わりました。即日発行で本人に手渡し配布ではなく、郵送でというところが日本と違うところでしょうか。

2011年8月6日土曜日

iPad+Bluetoothキーボード

今更ながらですが、iPadにBluetoothキーボード接続してみた。ソフトウェアキーボードの時はとは雲泥の差で、快適に文字入力できます。iPadの日本語FEPの処理が遅いというよりは、ソフトウェアキーボード処理がどうも入力処理の足を引っ張っているような感じします。Bluetoothのハードウェアキーで文字を入力画面すれば、遅延なくスラスラと入ります。この組み合わせはかなり快適。個人的にはフルキーサイズのApple純正のWirelessKeyboardとの組み合わせがオススメですね。

で、目下の悩みこのコンパクトとはいえそれなりのサイズになるAppleWirelessKeyboardを海外行きの荷物に含めるか否かなのです。いや、iPadは持っていくもんで。

by okkun




2011年8月5日金曜日

Curtin University of Technology , Perth , Australia

1年間の在外研究出発まで、一ヶ月を切りました。生活費の準備と荷物の準備が終われば、私自身の英語能力の問題を除いては一応出発できることになります。今更ですが、どんな雰囲気の大学なのかネットで調べていたところ、YouTubeに大学のCMビデオがありましたので紹介しておきます。工科系大学独特の雰囲気が出てて、改めて大学に入学するような楽しみがあり滞在が楽しみです。



2011年7月21日木曜日

はこだて未来大学

LOIS研究会に参加するために初めて函館に来ました。福岡に比べると気温が低く、寒がりの私には少し肌寒い思いをしています。さて、今回の研究会の会場である「公立はこだて未来大学-Future University Hakodate」の紹介です。既に名前からもヤル気十分な感じがしますが、キャンパスに来て名前の通りであること実感しました。総ガラス張りのキャンパスビルディングの中も、外観と同様に開放感溢れる造りとなってます。

基本コンセプトとして隠さない、全て見えるということを目指した造りのようです。教室もPC演習室も研究室も基本ガラス張り、吹き抜けや空中回廊を用いているため、互いに人の動き、ゼミの様子や個人ブースの様子などが自然と見渡せる造りです。開放感の演出と同時にセキュリティーの確保を実現している訳です。

やっぱりキャンパスの建物の造りは、学生の研究や学習のヤル気につながる重要な要素の一つだと言えます。

by okkun

























2011年7月15日金曜日

JANOG28

木曜日から東京は日本橋の三井ホールで開催されたJapan Network Operators Group Meeting 28に参加してきた。日本のインターネットを支えるキャリアやISP、ASP、ネットワーク機器ベンダー、ユーザーなど業種の垣根を超えて技術や運用の向上に務める現場のオペレーターの会合である。

前回のJANOG27は1月に金沢で開催されたが、その後東日本大震災により状況は大きく変わってしまい、今回は震災発生時のネットワーク状態やその後の復旧の状況や取り組み、多くの生々しい報告が紹介された。また今回の震災対応から今後の課題も多く見つかった。これらの課題を震災から遠く離れた九州でどうやって説得しながら解決するかこれが問題だ。

その他にも、中国におけるアタックの拡大の現状や暗号鍵の管理、総務省からのネット上のデマ等の削除要請の発令経緯、各種データセンターの節電対策など、興味深い話題が多く、何時もながらためになったのである。












2011年7月6日水曜日

九州放送機器展2011



国際センターで開催中の九州放送機器展に雨の中出かけた。名前の通り映像及び音響関係の業務用機器の展示会である。普段目にする家庭や個人向けとは、性能もお値段も桁違いな製品が多数見れる貴重な機会である。映像関連だけでみると、もはやHDやフルデジタル化は当たり前、3D対応へと広がりつつあった。

会場を一巡して、しまった来るんだったらあの人もお誘いすれば良かったと後悔していたら、ばったりご本人に出会いました。流石です、抜かりありませんでしたOさん。

講義支援ツールとしての iPad + GoodReader for iPad + DropBox 

前期の大学院の講義でグループ作業をする際の補助ツールとしてiPadを利用してみた。受講生が14名でiPadが5台しかないので、3人に1台の割合での利用である。

基本的な使い方は、PDF化した講義資料を講義用アカウントで作成したDropBox上にアップロードし、GoodReader for iPadからDropBox上のPDFファイルを同期して取り込み、iPad上で閲覧したり、注釈を付けてもらった。

また、受講生各自もノートPCを持っているのでDropBoxのアカウントを取得し、ノートPCにソフトをインストールしてもらい、講義用DropBoxにある講義資料を共有ファイルとしてアクセスする仕組みとした。

これにより講義資料をiPad上あるいは各自のノートPC上で閲覧できるとともに、発表用の資料作成などのグループ作業時のファイルもDropBoxを介してメンバー間で共有しながら作業が行える仕組みである。

「(各自がノートPC あるいは iPadを持っている) + 常時ネットにつなげる環境」

があれば、高額なシステムを構築しなくても、それなりに使えるということが10回程度講義利用を通じて得られた。欲を言えば初代iPadではなく、より高速なiPad2を一人1台貸し出しができればよいのだが。

これらの試みをする上での最大の障壁はツールの能力の善し悪しではなく、全員に例外なく同じ環境が提供できるか否かである。9人持ってて、1人持っていなかったとしても、全体としてはルールや方式を一本化できなくなり、大きな足かせとなる。

また、iPadは研究費で機器扱いで購入できるのだが、iPadで使う有償アプリをネットから購入するためのiTuneカードなどが大学の研究費で購入できない点が、環境整備上の課題である。世の中、ネット購入、電子決済化が進む状況で、「モノ」しか購入することができない現行の研究費による購入制度では、何も新しいことができない。是非、大学には改善をお願いしたい。

2011年6月15日水曜日

銀箱お役御免!





バッファローのTeraStationの初期モデルを6年半使ってきたが、海外行きの前に引退させることに。留守中の残置機器を極力減らすためである。

250GBのIDEのHDDを4台搭載しギガビットでアクセスできるNASアプライアンスの走りであった。当時1台20万円弱した記憶がある。

RAID5で運用していたため途中、3度あったディスク障害時も予備ディスクと交換することで大きなトラブルも無く安定した運用で今日まで使ってきた。後発の黒箱の方がメンテナンス性は良かったものの結果的に銀箱よりも先にトラブルで廃棄となってしまった。最近、大容量化、低価格が激しいが、24H365Dの連続稼働で5年以上使い続けられるタフな製品が減ってきたような気もします。

2011年4月13日水曜日

講義開始




本日から大学院の講義開始。新しくできたグループディスカッションができる演習室でノートパソコン、iPadなどを使って協同作業をするスタイルで実施することに。14人を5グループにわけ、グループ毎にiPadを貸し出します。PDF化した資料を閲覧したり、コメントを付けたりしてもらいます。さらに修正後のファイルはDropBoxを利用して各自のパソコンと同期し、データを共有します。さらに時間外での作業には、何かしら手段でコミュニケーションを取り合う要因を盛り込みました。

さてさて、協同作業がうまくできるでしょうか?

ちなみに、今週の課題は協同作業の進め方そのものをグループで決めるというテーマです。

2011年3月17日木曜日

九州新幹線初乗り

熊本で開催の研究会に参加するべく、N津君と博多から九州新幹線で移動することに。熊本まで33分というさくら407号に乗車。


YouTube Video


2011年3月12日土曜日

Thank you , my iPhone.

くしくも本日のブログは昨日の大規模地震の状況について、羽田から福岡行きの飛行機を待ちながら書いてます。

昨日は15時から新橋の富士通で打ち合わせのために11時発の飛行機で東京へ向かい、14時過ぎに新橋の汐留シティセンターの地下1階のレストランでランチをとっていたところだった。窓際の席のお客さんが天井を見上げてけげんな顔をしているので何かなと思ったらグラグラきた。揺れ方が通常ではないということで店員がテーブルの下にもぐるように大声を上げた。恐らく一分くらいであろうが、非常に長く感じた。慌てて手にしていたiPhoneでtwitterにつぶやくのが精一杯。その後、打ち合わせ会場の富士通オフィスに向かうも、余震もありエレベーターは全面停止、一階のロビーには身動きが取れなくなった社員などで溢れてしまった。

たまたま同じ会合に出席する他大学の先生と富士通関係者と合流する。非常階段が開放されて、打ち合わせ会場の6Fへ上がれるようになったものの、汐留の社員じゃないとフロアの電子錠があかないため入れないと判断。社内の人間と連絡を取ろうにも、携帯の電話はまったく通じない。仕方なくiPhoneから同じ便で来られていた九州大学の先生のメッセンジャーへチャットでメッセージを送るも回線状況が悪く、レスポンスがない。しばらくロビーで待機していたら、6Fから社員の方が迎えに来てくれた。どうやらメッセンジャーのメッセージが届いていたようであった。

余震が続く中、予定の打ち合わせを終えるも、テレビのニュースを見る限り、東北地方は甚大な被害がでているようだし、都内の公共交通機関は全面停止で帰宅や移動が困難な状況だということが徐々に明らかに。幸いにして汐留シティセンターの防災センターからは帰宅困難者がビル内に残ることについてオッケーの館内放送が入る。ただしエレベーターは安全確認ができないので停止中。40階などの高層階の人は降りるに降りれないようだ。

このように異常事態に役にたったのが、ネットの情報であった。幸いにして首都圏は大きな被害がなかったため、テレビではニュースで新しい情報が放送されていたが、出先など手近にテレビがないケースも多い。しかもピンポイントの情報はテレビでは出てこない。自分から探すしかない。電話は通じないが、ネット見れる。ニュースサイトでtwitterでfacebookで、どんどん安否確認や状況を伝えるつぶやきが上がってくる。交通機関の運行状況など、これらにずいぶんと助けられた。

新橋からホテルまで土地勘の無い都内を夜間に駅4つ分歩いて行く、帰宅難民になったときもiPhoneのGoogleMapに助けられた。道行くお姉さんの中にもiPhoneのGoogleMapを片手に帰宅する姿も見受けられた。自分の位置や周りの状況がつかめるということは非常に心強い。特にこんな状況では。逆にバッテリーが無くなると、役に立たなくなるため電池残量が減ることが怖かった。一泊二日の出張だったため予備バッテリーしか持参していなかったためである。

ともあれ、この二日程、iPhoneがありがたかったことはない。
Thank you, my iPhone.

by okkun

2011年2月23日水曜日

PC-1350

SharpのポケコンPC-1350の電池交換。私が中学生の時から愛用して既に27年。まだまだ現役、あと10年は使いたい。





by okkun